熊野三山に詣でる
熊野三山に対する信仰は、12世紀・平安時代後期から
急激に高まり、熊野街道は『熊野信仰の道』として、
古くから黄泉(よみ)の国、常世(とこよ)の国と言われた。
熊野に向かう道として栄えました。
この熊野三山とは次の三社のことです。
熊野本宮大社 … 本宮町本宮に鎮座。主神『家津御子神』
熊野那智大社 … 那智勝浦町那智山。主神『熊野夫須美神』
熊野速玉大社 … 新宮市新宮に鎮座。主神『熊野速玉大神』
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熊野本宮大社
熊野那智大社
熊野速玉大社
熊野本宮大社 熊野那智大社 熊野速玉大社
 熊野三山の中心として、その厳粛なたたずまいは、遥かなる願いを込めて訪れた人々の心の中に、清く深く印象づけられる。
 正面に神門、左手に拝殿、奥に12柱の神々を祭る社殿がある。明治22年までは近くの大斎原(おおゆのはら)にあったが、大水害で被災し現在の地に移された。
 大斎原は本宮大社の旧社地で老木にかこまれた熊野信仰の発祥の地である。
 熊野三山の一つ、主神は熊野夫須美大神。縁結びの神である。那智大社は古代の姿そのままである。
 権現造りの特色である切妻妻入の社殿が正面に五殿、左側に平入社殿が細長く一棟の流造りに建っている。
 三山の社殿中、那智大社の構造は、いちばん古式を保っている。
473の石段を登りつめると、社殿が那智の原生林の濃い緑を背景に赤く映えて美しい。
 その昔、本宮より新宮へは舟によった。航路は九里峡といわれていた。
 本宮、那智と共に熊野三山のひとつで、かっては熊野権現の名で一大宗教王国を構成していた。
古くは神倉山に祀られていた神々を景行天皇の御代に現在地に移したといわれ、旧地に対しここを新宮と呼ばれるようになった。
 毎年10月15日には『神馬渡御式』16日は『御船まつり』が行われる。
三山の説明原稿の出典:戸田芳実神戸大学教授監修「熊野三山/歴史のみち熊野古道をたずねて」
熊野三山への旅は各観光協会におたずねください。
  ■熊野本宮観光協会 エ0735(42)0735
  ■新宮市観光協会 エ0735(22)2840
  ■那智勝浦町観光協会 エ0735(52)5311

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